【お話を伺った方】
チヨダ工業株式会社
代表取締役社長 牧野 伸志様
技監 山田 満雄様
主任技師 山田 哲也様
産業技術総合研究所
マルチマテリアル研究部門 木質複合材料研究グループ
研究グループ長 関 雅子氏
愛知県に本社を置くチヨダ工業株式会社(以下、チヨダ工業)は、1962年に創業し、主に自動車部品の試作品と金型の製作を生業としてきました。同社はベトナムをはじめとする海外にも拠点を持ち、そうした拠点も含めて130名ほどの従業員を擁しています。
チヨダ工業は数十年にわたって金属加工用の金型を製作してきましたが、2012年からは国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)と共同で、木材の加工技術である木質流動成形に使用する金型の開発にも着手してきました。
産総研と1対1の共同研究により流動成形用金型の技術を磨いた後、2015年~2017年と2019年~2021年の2回にわたって経済産業省から資金的支援を受ける「戦略的基盤技術高度化支援事業(サポイン事業)」を実施し、現在もサポイン事業の後継である「Go-Tech事業」を通じて産総研と共同研究をしています。
開始から10年以上にわたる共同研究の中で、チヨダ工業は、木質流動成形の技術「neowood-KISEKI-」を使ったスピーカーや将棋駒等の製品化に成功。現在は、色々な事業体からサーキュラーエコノミー及びイノベーションに対してのイメージ造りとして木質流動成形で製品をつくりたいという依頼を受け、木質流動成形の試作品や金型の提供も行っています。そうした事業上の成果に加えて、会社の知名度や採用にも良い影響があったといいます。
従来の異なる分野での共同研究に踏み切った理由や、これまでの詳しい研究内容、共同研究によって得られた成果などについて、チヨダ工業の代表取締役である牧野伸志氏、共同研究に携わった山田満雄氏、山田哲也氏、そして産総研の関雅子氏に、詳しくお話を伺いました。
従来の事業領域とは異なるものの共同研究をする価値があると感じた
関雅子(以下、関):チヨダ工業さんと知り合ったのは、産総研が木質流動成形で“おちょこ”をつくりたいと考えて、その金型を公募したことがきっかけでした 。 木質流動成形は、樹脂を含浸した木材(樹脂含浸木材)を金型に入れ、熱と圧力をかけて変形させる技術です。木材の細胞壁が変形して細胞内の空隙が潰れたのちに、細胞間ですべりが生じて木材が流れるように変形し、型の形に成形されます。公募を出した当時は、金型にさまざまな問題が発生しており、摩耗や腐食、また、圧力に耐えられず破損するなどの課題に直面していました。
チヨダ工業さんから提供いただいた金型を実際に使用したところ、これまでのような不具合が一切発生せず、非常にきれいな“おちょこ”が成形できたんです。その結果、これは良い金型だということになり、「ぜひ流動成形用の金型を一緒に開発しませんか」という流れになりました。
山田満雄(以下、満雄):当社が製作している自動車部品用の金型は板材に負けないよう、焼入れ後、硬度を上げたものを削って製作しています。そのため、プラスチック成形用の金型よりも硬度が高いんです。また、自動車部品など金属加工用の金型では成形の際、高い圧力が掛かるため材料と金型の滑りを良くするため表面コーティングをします。これもプラスチック成形用の金型にはないものですが、木質流動成形には合っていたようで、成形品の成形性と離型性及び型の腐食防止に役立ちました。
(左)チヨダ工業株式会社 技監 山田満雄氏
(右)産業技術総合研究所マルチマテリアル研究部門 木質複合材料研究グループ 研究グループ長 関雅子氏
関:あとは、金型の表面の滑らかさや金型の精度も素晴らしかったですね。また、トラブルが起きた時に一緒に対策を考えてくれる姿勢もありがたかったです。
満雄:初めて産総研を訪問し、木質流動成形の技術を見てみたとき、「これはすごい!」と思いました。当社が従来取り組んできた事業領域とは異なる分野でしたが、これは絶対に共同研究を通じて学ぶ価値があると確信しました。それに、新しいことにはまず挑戦してみたいと思う性分ですし、産総研の皆さんは僕が突拍子もないアイデアを口にしても、まずは受け止めてくれる。そうした柔軟な姿勢が楽しく、ありがたかったですね。そうした経緯もあり、「すぐには商売に結びつかなくても、将来的には自動車の内装部品を手掛けられるようになるかもしれないから」と、社長を説得しました。
過去2回のサポイン事業への参画で、新たな技術や特許を取得
満雄:共同研究として、最初に取り組んだのは、産総研の当時の研究グループ長から「車の内装部品に向けてと思うなら、先ずは単純な円形の薄いサンプル品製作からトライしてはどうか」と提案され、それを受ける形で、折角だから面白いことと思いスピーカーの振動板(コーン)の成形に挑戦しました。コーンは丸く薄い形状をしているのですが、メーカーによって製造方法が違い、あるメーカーは竹を梳いて、また別のメーカーは板を曲げて三角帽子の形状にしてからプレスして成形しています。それを木質流動で成形すれば、既存のコーンよりも硬さと粘り強さ、つまり比弾性率と内部損失をどちらも高いレベルで両立させることができ、音質が良いものができるのではないかとの思いからでした。
関:そもそも塊状の竹や木材から薄くて大きいものを木質流動で成形するためには、高い金型技術が必須です。金型の上で木材を伸ばすときに発生する摩擦抵抗を極力小さくし、かつ、高い荷重を掛けても壊れない金型が求められます。チヨダ工業さんなら、その金型を実現できるのではと考えて、産総研側として提案したのだと思います。
満雄:僕はもともと音を聴くのが好きだったので、その提案には非常に興味を惹かれました。金型の技術者であり、オーディオオタクでもある山田哲也に相談してみたところ、「専門メーカーに勝てるわけがない」と言われたのですが、試しに木質流動成形で試作したコーンをオーディオ雑誌「stereo」の付録としてついていた組み立て式のスピーカーのコーンと取り換えて音を鳴らすと、明らかに音質が良くなっていて。それで、「これはまぐれで偶然かもしれないが、海外からのお客様に褒められたこともあり、その気になり検証する価値があるのでは」と思い、本格的に研究開発してみようという話になったんです(笑)。
オーディオ雑誌「stereo」の付録
その後、ある程度スピーカーコーンの成形ができるようになった段階で、次はこれをさらに大きなサイズにするというテーマでサポイン事業に応募しました。
関:木材を大きく薄いコーン形状に成形するのはとても大変で、苦労しましたよね。
山田哲也(以下、哲也):そうですね。0.5ミリの厚さまでは比較的容易に成形できるのですが、これを0.3ミリ、0.1ミリまで薄くしようとすると、どうしても厚みにばらつきが生じ、材料が型の隅々まで行き渡らず、部分的に欠けた形状になってしまうんです。そうならないよう、成形条件を変えながら試行錯誤しました。
チヨダ工業株式会社 主任技師 山田哲也氏
関:そのサポイン事業を通して流動成形用金型の仕様がある程度固まってきたので、共同で特許を出願しましたね。
2回目のサポイン事業では、自動車の内装部材として使用されるトレイの開発に取り組みました。自動車の内装部材には高い耐久性が求められるのですが、それを実現するには金型技術だけでは不十分でした。そこで、他の企業や大学の協力も得ながら、木質素材の前処理や物性評価などにも取り組んでいきました。
また、この研究を通して、チヨダ工業さんがプレス装置を導入。その装置ではプレス位置(ストローク)を高い精度でコントロールできることから、同じ材料を使ってもプレス条件を変化させるだけで見た目や質感の異なるサンプルがつくれるようになりました。
哲也:共同研究において、産総研には木質素材や成形体の物性評価や構造解析、特許や成果発表等で活用できるデータ取得を担っていただいています。一方で、チヨダ工業の役割は、とにかく手を動かして型や試作品を製作し、産総研に評価用のサンプルを提供すること。成形時に不具合が出たときにはその原因や対策について産総研と相談を重ね、温度や湿度の影響があるかもしれないといったアドバイスを受けながら改良を重ねていきました。木材は天然素材なので、1つとして同じものがない(原料がばらつく)という難しさがあるんです。
関:もう最近は、改めてお伝えしなくても、温度や湿度に気を付けてやっていただいているようで、アドバイスする機会も減っていますけどね。
チヨダ工業さんがすごいのは、サポイン事業を実施するたびに、確実に成果を世に出していること。そのためにしっかりと人材や労力を使っていて、むしろ私たちのほうが「今月これどうなっていますか」と急かされるほどです。そうした姿勢には、研究者として鼓舞されていますし、だからこそ研究に苦労はあっても、決して嫌な苦労ではないんですよね。
満雄:そうですね。何らかの形で社会実装の入口までは持っていくぞという気概で取り組んでいます。とにかくカットアンドトライで諦めないということが、当社の強みでもありますから。
木質流動成形技術を用いたサンプル・製品の数々
オールバイオマス化の実現で、資源循環型社会への貢献を目指す
関:木質流動成形の技術の一部はチヨダ工業さんに技術移転しています。チヨダ工業さんでは、木質流動成形用の金型の製作はもちろん、木質素材の調達や成形など、一貫して対応できる体制を整えています。現在は、産総研が実施許諾をしている特許を活用し、「既存の木質流動成形技術を用いてこの製品を作りたい」といった相談があった場合には、対応をお任せしています。
満雄:ご相談をいただいた際には、目的の形に適した木質流動成形用の金型を当社で設計・製作し、その金型を用いた試作も実施したうえでご提案させていただいています。本格的な生産としては、お客様側の企業内で行っていただくことが望ましいので、プレス装置と熱源を用意していただければ、金型と併せて最適な製造条件をお伝えし、そこでトライいただくことも可能です。その際に、特許のロイヤリティを少しいただくという形の契約をし、地産地消の方向性が採れる様に成る事が目標と思っています。
つまり、木質流動成形という新たな領域に挑戦していますが、私たちが行っているのは、試作品と金型をご提供するという生業は変っていないんです。「商売を変えた」というよりは、生業を伸ばしているという感覚に近いですね。
プレス成形の様子
近年では、資源循環型社会の実現やカーボンニュートラルの推進、脱プラスチック素材といった社会的な志向の高まりを背景に、木材バイオマス資源への注目が急速に高まっています。木質流動成形の技術へのニーズも高まっており、これまでであれば決して接点がなかったような企業さんからも多くのご相談をいただくようになっています。
関:そうしたご相談の中で、新たな技術開発が必要となる場合は、産総研も研究開発機関として参画して、新たに共同研究を行うことを提案しています。実際に、現在実施中のGo-Tech事業は、産総研から紹介した家電メーカーさんから「できるだけ石油由来原料を使わずに家電筐体を製造したい」というニーズと、チヨダ工業さんの研究開発目標とが偶然合致したことをきっかけとしてスタートしました。流動成形用の木質素材(樹脂含浸木材)を、100%バイオマス化するための研究開発に取り組んでいます。
これまで、木質流動成形に使用する素材には樹脂を含浸させ、成形後の製品の耐久性を上げる必要がありました。家電製品の筐体も、温度や湿度の変化といった使用環境に耐える必要があるので、従来であれば樹脂含浸は必須なのですが、それを木材のみから、もしくは石油由来樹脂の代わりに天然由来樹脂を含浸させた素材に代替し、オールバイオマス化を実現に挑戦しています。どちらも金型技術だけでは解決できないので、素材に詳しい企業さんにもご参加いただいています。
満雄:素材を100%バイオマスにしようとすると、木質流動にかける圧力を従来の2~3倍にしなければならない可能性があります。しかし、それでは型やプレス機が壊れてしまうので、かける圧力を減らすことができないか、あるいはさらに硬い材料で壊れない金型をつくれないか、といった研究を当社では行っています。一方では、流動成形の工程を変えることでコストを削減できないかということも考えていますね。
牧野伸志(以下、牧野):この共同研究の先に目指すのは、オールバイオマス化した木質流動成形による製品の実用化です。さらに、そうした製品を広めてユーザーを増やし、資源循環などの社会課題の解決に貢献できればと思っています。
チヨダ工業株式会社 代表取締役社長 牧野伸志氏
満雄:そうですね。天然資源の工業利用を進めることで、地方の産業を活性化したり、100%バイオマスの材料を使うことによって未利用資源の有効活用やリサイクルの推進にもつながる。そういった取り組みにも貢献できれば、一番いいなと思いますね。
産総研との共同研究を通して、会社の知名度や信頼性が上がった
関:サポイン事業やGo-Tech事業は研究費の自己負担が三分の一になるとはいえ、チヨダ工業さんはこれまでに数千万円の投資をしてこられました。それを踏まえても、産総研と共同研究を行って良かったと感じることはありますか。
満雄:一つは、木質流動成形用の金型開発で培った技術が、生業である金属用金型の製作にも生かせていることでしょうか。それによって、従来よりも技術の精度を上げ、さらに良い金型や複雑な金型がつくれるようになっています。
それと、個人的にはこの共同研究を通じて、産総研の方々とわちゃわちゃオープンイノベーションに取り組みながら、ワクワクドキドキできたことが、ここまでの成果につながった大きな要因だと感じています。逆に言えば、そうした熱量や自由なやり取りがなければ、本当のイノベーションは生まれないのではと思うようになりましたね。
関:研究者という立場ですと、社会の新たなニーズを直接把握することがなかなか難しいので、企業の皆さんのお話はすごく貴重なんです。また、そうした研究の話に商売が絡んでいるわけではないので、フラットに議論が交わせるのだと思います。
牧野:あとは、木質流動成形に関する新聞の取材を受けたり、SNSに投稿された動画に出演したりしたことで、当社の知名度や信頼性も一気に上がりました。先ほども話にあったように新しい企業からの引き合いが増えただけではなく、「当社で働きたい」という若者も増えています。なかには、「木質流動成形に携わりたい」と明確な目的を持って当社の門戸を叩いてくれる方もいて、この技術がそれだけのインパクトを持っているのだと、あらためて実感しています。
関:「木質流動成形」というワードで検索すると、産総研よりも先にチヨダ工業さんの名前が出てきますもんね。
満雄:今後も木質流動成形の技術を求める企業とのマッチングや、木質流動成形を使う製品の企画販売といった面で、産総研やAIST Solutionsにお力添えいただけることを期待しています。