論文も、データも、実験の記録も、これまでは人間が読む前提で書かれてきた。当たり前すぎて疑われてこなかったその前提が、いま揺らぎはじめている。産業技術総合研究所の高橋氏は、10年以上かけて実験データに「文脈」を持たせる取り組みを続け、いまそれをAIに学習させている(前編)。読み手が人間だけではなくなったとき、情報の形はどう変わるのか。研究と情報のこれからを聞いた。

Interview

高橋 顕

高橋 顕

産業技術総合研究所 材料・化学領域 材料基盤研究部門 研究グループリーダー

  • 錯体化学・吸着科学・自動実験
  • 東京大学大学院 理学博士
  • 材料開発に向けた自動化・ロボット活用に広く精通
  • 部門を超えたマテリアルDXプロジェクトを牽引
  • 3DCAD、電子回路設計、マイコン、コーディングなど

AIに、一次情報を食わせてみた

——AIやLLMに一次情報そのものを学習させる流れになってきています。着手されていますか。

高橋グループリーダー(GL): している。情報を食わせて、解析もさせている。

——どういうデータが揃っているとうまくいきますか。

高橋GL :今だと、手元にあるExcelなどをLLMが勝手に読んでいって、そこから情報を拾ってきたりする。だが、ちゃんと精査しないと、間違った解釈をするのだ。そうなるともう、何が何だか分からなくなってくる。

だとすれば、ちゃんと実験条件と紐づいているデータとして食べさせるほうがいい。多少は地に足のついた答えが返ってくるので、やりやすいと思う。

とりあえず生データをAIに読ませてグラフ化するだけでも自分の手間は減るわけだし、人間が全部やっていた頃からはだいぶ楽になった気がする。

「まるっと入れれば分かる」が成立しない理由

——「データさえあれば、散在していても構わない。AIにまるっと入れれば勝手に解釈してくれる」とおっしゃる方もいます。どう思われますか。

高橋GL :LLMがなぜあれだけ知識を貯められたかというと、ある程度妥当なデータ群がオンラインに大量にあったからだと思う。それと同じように、実験データも大量に公開されていれば、そうなる気がする。

要は、ある程度散在したデータ群であっても、十分な数があって十分に学習できるだけあれば、おっしゃっているような議論は成り立つ。

しかし、世の中にそんなに実験データはないのではないか。

——「人がやるから遅い、ロボットにすればいい」という反論もありますね。

高橋GL :もちろんある。ただ、ロボットがやったとしても、今オンラインにあるような言語や文章の情報に匹敵するだけのデータが実験で集まるのは、そこそこ先でしかありえないと思う。

それをみなが公開するかという問題もあるし、公開しなかったとしても、そもそも量が足りない。

そうなると、無限大な実験情報を前提にするのではなく、ある程度質があるものを妥当な範囲で集めるほうが、直近では意味が出やすい。

——今のAIには、実験を学習した土台がない。だとすれば初歩から教えることになり、プロセスや目的や結果を整えたスモールデータのほうが早い、ということですね。

高橋:GL そのとおりだ。

——裏を返せば、どう集めるかを人間が決める余地が、まだ大きく残っているということでもありますね。

高橋GL :そうだと思う。何でもできるAIはもう少し先だろうと考えると、自分たちが実現したい探索範囲に対して、人間が寄り添って筋道を作ってあげるほうが現実的だという気がしている。

情報は、人間が読む前提で書かれてきた

高橋顕氏 インタビュー写真

——AI活用の本丸はやはり、一次情報を学習させて予測の精度を上げるところではないかと思います。AIに学習させるためのメタデータの学習データセットを実験に関しても整える必要がある。これから、データの形や取り方はどう変わっていくと思いますか。

高橋GL :これは情報系の人はみな思っているかもしれないが、今までは情報の書き方が「人間が読む前提」だった。論文もそうだし、データもそうなっている。人間は多次元の変数をあまり読めないからだ。

しかしAIはそちらが得意である。だから、人間向けの論文やデータと、AI向けのデータや論文のようなものが、今後出てくるのではないかと思っている。

なんだったら、もうWeb情報の読者は人間よりAIのほうが多かったりする可能性もあると思う。巡回している回数で言えばAIのほうが多いだろう。

——割と早めに分かれる、というイメージですか。

高橋GL :分かれるのではないかと思う。「いつまでも人が読んでいると思うな、論文と雑誌」のようなことが起こり得るのではないか。

人が読んで満足するかどうかと、AIが人を満足させるためにどう読みに行くかは、少し違うと思う。AIに人が期待するのは「自分が知らないことを教えてほしい」という欲求だからだ。

AIにしかできないことを実現しようと思ってAIが読みに行くとすれば、今の人間が読んでいる文章やデータセットではないところを読みに行ったほうが、AIとしては客を満足させやすい。

読み手が変われば、価値のあるデータも変わる

——前編では、自動実験が実験の記録を同時に残してくれるという話を伺いました。人がやる場合との違いは、記録の手間のほかにもありますか。

高橋GL :人がやると忖度のフィルターが入ってくる。失敗したデータはあまり見せたくなくなる。人なので、それは当たり前だと思うのだが。

——ただ、失敗データにも価値がある。

高橋GL :そうだ。成功した例と失敗した例を比べて、「ここでこれにも実は意味があるのではないか」と見えてくることがある。だから失敗も含めて共有することが大事である。

「書くのが面倒くさい」という感情と、「失敗したものはあまり公開したくない」という感情。ロボットはそういうことをあまり気にしない。そういう意味でも、自動化はただ人がやらなくていいだけではなく、人がやると少しやりたくないな、ということをプラスαでできてしまうのが重要だと思っている。

——面倒くさがらない。

高橋GL :面倒くさがらない。私も面倒くさがりなので、基本的に面倒くさい。面倒ではないか、と思う。自分が面倒だと思うことは人にもやらせたくない。しかし価値は分かっているから欲しいとも思う。

だとすれば、ある程度ルーチンになりうるものはロボットにやらせたほうが、データの精度と数が圧倒的に揃う。

何を残し続けるか

——論文は、読む速度より出る速度のほうが速くなって、読まれなくなってきている傾向があります。今後、学術論文の意味はどうなっていくと思いますか。

高橋GL :一つは、人間が読もうと思ってももう追いつけない。ただ公開はされている。その中で、人間には無理でもAIに探索させれば引っ張ってきてくれることはあるわけだ。

そういう意味では、「最新の情報として私はここまでできていました」ということを主張するエビデンスとしては、まず成り立つと思う。特許でいう先行データのような、先行性を確保するための役割である。

もう一つ気になっているのは、「その論文はちゃんと再現性があるのか」ということだ。論文は、やり方まで公開していて、これが再現できるように残していることだと思う。

論文のエビデンスがちゃんと残っていることの重要性は、どれだけ数があっても再現したい人はいるので、誰かは必ずやりたいと思うはずだ。その人のために残しておくのは重要である。だからその役割はなくならないのではないか。

——一方で、価値が下がる役割もありますか。

高橋GL :可能性の一つは、やはり再現性が取れるかどうかだ。人が読む文章にしようとすると、書けることは限られてくる。結果的にあまり読まれないから、少し端折って書いてしまって再現が取れない。

だがAI向けのアーカイブなら、AIは苦労せず読んでしまうから、細かいところまで書ける。

その二つを比較すると、もしかするとAIに聞いて、AI用のアーカイブが引っ張ってきた情報のほうが、その人の欲しい情報に近い。そちらの地位が上がっていく可能性は十分にある気がする。

高橋顕氏 インタビュー写真

誰と、何を共有するか

——AI専用のデータセットを扱うような企業も出てくるのでしょうか。

高橋:GL 出てくるのではないかと思う。

——ご自身で整えて、ご自身で売るということはされないんですか。

高橋GL :結果的に今、AIが飲み込みやすい形でデータを貯めていることになるので、「このデータセットがあるので、うちと連携したほうがいい」という話が、対外的に企業とも大学とも言いやすいのかなと思っている。

もっと言えば、人間に読みやすいものがAIに読みやすいかは分からないが、AIに読みやすいものであれば人間に翻訳してもらえばいい。そういう意味でも、「人が読むことが前提の100%ではない」という視点を持っておかないと危ないのではないか。

人にも、機械にも優しく

——実際の運用では、人の作業のデータも基盤に入っていくことになりますね。そこはどういう形で入るようにされていますか。

高橋GL: 基本的には、貯めたデータを人が多少手を貸して編集する形になっている。自動で貯めたデータも、人が少し手を入れる。だからそこは完全に無人化まではまだ行っていない。

スタンドアロンの装置もあるので、そういう時には人がファイルを取り出して入れる、というところはまだしばらく残ると言えば残る。加えて、自動化で作ったものに対する評価は人が手でやるし、データのバインドも人がやっている。

——そうなると、最後は装置との連携ですね。装置メーカーさん頑張って、という部分が。

高橋GL :もちろんそうだ。理想的には、各社のソフトウェアが外部制御で応答していただけると、自動化が非常に簡単になるのでありがたい。

ただ、なかなか、動いている企業もあれば、まだ様子を見ているところもある。みなさんが「人にも機械にも優しく」なってくれるといいと思っている。

——人にも機械にも優しく。確かに、機械に優しければ、その機械を使っている人にとっても優しいということですね。

高橋GL: そういうことだ。現時点ではターミネーターではないので、後ろに人がいる。

——もう少し時間がかかりそうだけれど。

高橋GL :期待したい。それでも一昔前よりは、みなさん積極的に公開してくれるようになったという気がする。

眠っているデータから、仮説が生まれる

——今後、データ活用でやってみたいことを、言える範囲で伺えますか。

高橋GL: 抽象的になってしまうが、今我々が普段測定している実験の価値は、自分たちが思っているよりも実はあるのではないか、と信じている。

自分たちが測っていたあるデータと、別のデータを組み合わせると、今まで全く試していなかった用途に対する有効性のようなことが確かめられるのではないか、という話が出てきたりしている。

全部を一から試すのではなく、今まで貯めていたデータから仮説が生まれる。それによって、今まで我々が考えていたのとは違うメカニズムや、新しい現象のようなものが見えてくることを期待している。

同じ実験を二度やることになる。異常値の原因が追えない。前編では、高橋氏が10年向き合ってきた実験データの問題と、どう残せば価値が生まれるのかを聞いた。

※本記事はインタビューをもとに構成したものです。文中の発言や見解は高橋氏個人のものであり、所属組織の見解を示すものではありません。

インタビュー(2026年9月7日) 中野学:AIST Solutions プロデュース事業本部第二事業部マテリアルDX事業構想グループプロデューサ