実験データは日々増えている。しかし、そのデータを十分に活用して新しい発見につなげるのは、思うほど簡単ではない。産業技術総合研究所の高橋氏が10年以上向き合ってきたのも、この問題だ。足りないのは、データの「量」ではないという。いま何が見えているのか、そしてどこから手をつければいいのかを聞いた。

Interview

高橋 顕

高橋 顕

産業技術総合研究所 材料・化学領域 材料基盤研究部門 研究グループリーダー

  • 錯体化学・吸着科学・自動実験
  • 東京大学大学院 理学博士
  • 材料開発に向けた自動化・ロボット活用に広く精通
  • 部門を超えたマテリアルDXプロジェクトを牽引
  • 3DCAD、電子回路設計、マイコン、コーディングなど

実験条件と結果が、紐づいていない

——まず、データの共有はどうされていますか。

高橋研究グループリーダー(GL) :グループとしてはやはり共有していきたいという思いがあり、クラウドの共有フォルダにアップして管理している。ただ、なかなかうまくいかない。生データの重要性を分かってくれない人もいて、結局、実際のデータにたどり着けないということが起きる。もうずっと悩んでいることではある。

もともと、グループ内でデータを共有して使うという文化自体はベースにあった。その上で「ではどういうふうに共有したらいいのか」という話になる。取れたはずだし、あったら便利だったはずのデータが、取られていなかったり残っていなかったりする。それが大元の課題としてあった。

——それに加えて、何かありますか。

高橋GL :記録が全部紙にあって、データ化されていない。実験と結果が紐づいて保存されていない。これは単純に気持ち悪い。

それから、仮にデータが共有されていたとしても、中身が本当に2列のスペクトルデータだけで、それがどういう材料なのかはよく分からない、という話がいくらでもある。

——データはあるけれど、文脈がない。他の人が見ても何のデータか分からない、ということですか。

高橋GL :そうだ。この課題感が一番大きい気がする。

残っている。でも、再現できない

——「記録を残そう」という動きは各所にありますが、残すこと自体が目的になってしまうケースもあるようです。

高橋GL:ちゃんと残す努力をするのであれば、本当にちゃんと残したほうがいい。形式上は残しているけれど実際には再現できない、というのはもったいない。手間はかけているのに、後から使えない。それでは、かけた手間の分だけ損をしていることになる。

同じ実験を、もう一度やることになる

——いつ頃からの問題意識ですか。

高橋GL :10年ほど前からあったと思う。MIもまだそれほど普及していない頃。

——データにたどり着けないことによる損失は、具体的に何ができなかった、という形で言えますか。

高橋GL : 一番の損失は、実験計画のPDCAが回らないことだった。「今までのデータがこうだったから、次はこうしよう」とPDCAを回すわけだが、過去のDoに対するチェックが働いていなくて、また同じ実験をしないといけない。二度手間になる。ちゃんと実験が残っていないせいで、同じデータを取る実験をもう一度やらなければならなかった。

実験をやった本人が残っていれば、その人に聞いて掘り起こせたりはする。しかし引き継ぎの問題というか、人の入れ替わりが発生したときに、やはり文脈が付いていないとデータの価値が失われてしまう。これは自分たちのところでも起こったし、大学でも起こっていると思うので、MIとは関係なく、漠然とした課題感としてもともとあった。

——測定データが、何とどう紐づいているか分からない。これは具体的にどういう困りごとになりますか。

高橋GL :よくあるのは、後から見たときに異常値があったりすることだ。「この条件でこんな値が出るわけがない」「劣化前より劣化後のほうが良くなっている」といったものだ。

そういう時、何かがおかしいわけだ。おかしいと思ったら生データに戻って、どこかで付け間違えていないか、解析の経路を追わなければならない。それが追えないと、そのデータはもう完全に死んでしまう。

しかも、もしかしたら本当に高くなっているのかもしれない。新しい何かが起きているのかもしれない。だがその線を追えなくなってしまう。結局、自分が想定した通りではないことが起きているときに、それに気づけない。そういうものを見逃してしまうのが、一番の困りごとだ。

——そうした突き合わせにかかっている労力は、感覚的にどれくらいですか。

高橋GL :そこそこあると思う。5割、8割というほどではないが、2割、3割ぐらいはあるのではないか。

——それは「気づいた分」でそれだけある、ということですよね。

高橋GL :そうだ。データが整っていれば気づけたかもしれないが、見えていないからまだ埋もれている、というものを含めれば、もっとあると思う。

さらに、今の2〜3割というのは「後から確認したい」「再現したい」という話である。まとまったデータさえあれば新しい何かを生み出せたかもしれない、という分を足して考えると、失っていたはずのチャンスはもっとあるだろう。

高橋顕氏 インタビュー写真

一番切実なのは、ノウハウが引き継がれないこと

——ここまでで、課題が3つ出てきたと思います。人がいなくなるとデータが使えない。標準化されていないと他人が使えない。人に紐づくノウハウが引き継がれない。この中で、最も切実なのはどれですか。

高橋GL :ノウハウが引き継がれないことが一番大きかったと思う。

というのも、その人はいるけれども、別のプロジェクトに従事していて今はあまり時間が取れない、ということが多いからだ。だから「いなくならないから大丈夫」にはならない。その人がその時やっていた実験の記録やノウハウがちゃんと残ることの優先順位が高かった。

——同じ条件でも、作業者によって結果は変わるものですか。

高橋GL :化学の人たちの話で言えば、おそらく同じ実験条件でやっても収率が全然違う、ということは普通にあると思う。

我々の中でも、記録上は同じ合成方法、同じ作製条件でやったとしても、「この人がやるとうまくいくのに、別の人だとうまくいかない」という話が、頻繁ではないが発生する。そこには作業者本人が気を使っているポイントがあるのだが、それが文章化できていない、残せていない。

——その違いを残すコツはありますか。

高橋GL :一つは、以前からやっているのは動画にして残しておくことだ。文章化すると、文章としてしか残せない。その人の動作を全部保存できないので、動画にして残すのは一つの手だと思う。

もう一つは、効いているかどうか分からなくても、数値は残しておく。これは重要だと思っている。

何が揃えば、価値のあるデータになるか

——では、何が揃っていれば「質が高いデータ」と言えますか。

高橋GL :材料の最初の合成条件から、基礎的物性、そして目的の特性データまでを網羅的に保存できるかが重要だと思っている。

たとえば「材料Aの特性はこれで、Bの特性はこれで」というとき、含まれている金属成分だけ分かっていても見えることはある。しかし、その比率とか、合成の方法まで分かったほうが、得られる情報は多い。

化学の人間なら、そういう情報を加味して解釈をした上でデータを保管していると思う。それをMIやPIでやろうというときには、我々が解釈しているその前提条件のようなものがセットで紐づいていることが、価値の高いデータとして重要なのだろう。

自動実験が、記録してくれるもの

——コラムで「自動実験は省人化の装置であると同時に、研究の文脈を取得する装置でもある」と書かれていました。ここをもう少し詳しく教えてください。

高橋GL :自分が実験をやっていてもそうなのだが、実験をやりながらプロセスをメモしていくのは結構大変である。それを全部人がやろうと思って「細かいところまでちゃんと書け」と言われたら、かなりの負荷になる。

その点、自動化なら、実験をやることと、何をやったかをデジタルとして記録することの両方ができる。実際に物を動かすのはハードウェアで、実験データを記録するのはコンピューター側でやればいい。

その文脈をちゃんと残してくれることが重要だと思っている。

整えてみたら、気づいていなかったものが効いていた

——実際、紐づいていることでどう活用できていますか。

高橋GL :直近の例で言えば、材料を合成した条件と、その基礎的物性、それと、その材料の安定性がどう関係しているかを解析してみた。

そうすると、今まで自分たちが気づいていなかった金属のパラメーターが効いている、ということが見えてきた。普段はなんとなくの感覚や経験でやっていたものが、数値として見えてきた。

——それは、意外な発見でしたか。

高橋GL :悔しいのは、言われてみれば確かに効いてもおかしくないパラメーターだったりすることだ。ただ、我々が普段あまり気にしていなかった。そこが面白いところだと思う。

パラメーターが、人間が考えるにはちょっと多すぎる。我々がその理由を説明しようとすればできるが、能動的にそれを解析しようと思うほど重要だとは思っていなかった。紐づけてから初めて分かるのだろうという気がする。

——データの質は、どのパラメーターを選ぶかという判断に効くのでしょうか。それとも、解析に入れる数値そのものの質が上がるということでしょうか。

高橋GL :我々の範囲だと、パラメーターは何百にもならず20〜30ほど。それなら「これだけ調べればある程度分かるだろう」というのを自分たちで選択してやっている。選べるパラメーターの数があるからやりやすい、ということだと思う。

全く知らない分野で100パラメーターあったら、どうしていいか分からなくなるだろう。だが化学の人間がやるのであれば、「この範囲は効く」「この範囲はある程度除いてもいいだろう」と当たりをつけられる。だとすると、質が高いほうが結局選ぶ余地があるので、やりやすい。

——選択肢が多いほうがいい、ということですか。

高橋GL: 面白いのは、そのときに「これは効かないだろうな」と思っているものが効いたりすることだ。選択肢があったほうが面白い。

意外だということは、そこに何かがある。それをヒントにもう一度研究が進む。今まで優先順位を明確にできていなかったパラメーターに対して、「数値として効いている」というエビデンスができると、やはり一つの指針になる。

高橋顕氏 インタビュー写真

まず一つ、手間が減るだけでいい

——データ整備と自動化、どちらから始めるべきでしょうか。

高橋GL :私はデータのほうがいいと思っているところがある。今までの蓄積をそのまま活かせる可能性があるからだ。今までのデータも自分たちが使いたい方式で貯めておいて、それをどう活かすかという議論からなら、新しいものを何も用意しなくても始められる。とっつきやすい。

一方で、DX的なことで言えば、目に見えて分かりやすいほうがみなのコンセンサスを取りやすい、というのもある。だからスモールスタートで、まず実験を自動化してみて様子を見ようか、ということを並行して始めるほうが、結果的にはきれいな話になりやすいという気がしている。

——本当に必要なのはデータなんだけれど、データを整える言い訳をしようとすると、自動化とセットにするほうが話が進みやすい。それが現実としてある、ということですね。

高橋GL :そうだ。

——ご自身のラボもそうだったんですか。

高橋GL: 基本的にはそう。ただし、全部が全部自動化できるとはあまり思っていない。特に研究開発だと、「これはルーチンで回しているな」というものと、対象とする現象に応じて実験を工夫しなければならないものがある。最終的には後者のほうが多い印象がある。

ある程度は自分も手を動かさなければならないし、かといって同じような作業を人が繰り返すのも、それはそれでどうかと思う。両輪でやるという感じだ。

——これから始めようという企業や研究者に、ここから始めるといい、というアドバイスはありますか。

高橋GL :データの話で言えば、どういう分野の方であれ、企業の方であれ、自分たちが研究開発しているものとその蓄積があるはず。

それをいったん共通化してみて、そこから解析で得られた知識のようなものを「こういう結果が得られる」というPoCとして、まずはある程度絞られた情報でいいので試してみる。それがデータの入口としてやりやすいのではないか。

そして、その結果が「専門家としてはそうだよね」というものであったとしても、「では専門家でない人でも同じ発見ができる可能性がある」となれば、やる意義があるということのコンセンサスが、少数ではなくある程度広い範囲のグループや部で得られると思う。一度そのためのデータセットを作ってみると、やりやすい。

——自動実験のほうはいかがですか。

高橋GL :自動実験は、試したことがない人たちにとっては少しハードルがあると思う。ただ、最近はLLMがある程度書いてくれたりする。

だから、実際に自分たちがやっている実験の一部だけでも自動化してみて、試して、データと組み合わせていく。それをなるべく最小のスケールで実装していくのが、実績につながりやすいという意味でやりやすいのではないか。

——まず一つ試してみるのがいい、と。

高橋GL :そう。やりやすい範囲で。あまり複雑な計画やビッグドリームを持ち込まず、まずは「自分たちのこの手間が減るだけでいい」という範囲で試していくのも重要だと思う。

整えた実験データを、AIに学習させるとどうなるのか。人間が読む前提で書かれてきた論文とデータは、この先どう変わるのか。後編では、高橋氏に研究と情報のこれからを聞いた。

※本記事はインタビューをもとに構成したものです。文中の発言や見解は高橋氏個人のものであり、所属組織の見解を示すものではありません。

インタビュー(2026年9月7日) 中野学:AIST Solutions プロデュース事業本部第二事業部マテリアルDX事業構想グループプロデューサ