はじめに
材料の実験室で、人が手を触れないまま実験が進む仕組みが動き出しています。候補を計算で選び、ロボットが合成し、結果を見て次の条件を決める。この流れが止まらずに回った例が、2023年以降いくつも報告されました。
何ができるようになったのか。そしてなぜ、それがいま可能になったのか。本記事では実際の到達点を整理し、それを支えた三つの技術を分解します。
人が触らずに17日間、実験が回り続けた
米ローレンス・バークレー国立研究所のA-Labは、無機材料の合成を自律的に行う装置です。2023年11月にNature誌へ報告されました。
動き方はこうです。出発点は計算で、Materials Projectという公開データベースと第一原理計算のデータから、まだ作られていない安定な化合物の候補を選びます。次に、過去の論文から機械学習で抽出した合成手順をもとに、その化合物を作るレシピを立てます。
ここからロボットが動きます。原料の粉を秤量し、混合し、炉で焼く。できた粉末をXRD(X線回折)で測定する。測定結果を解析して、狙った化合物ができたかどうかを判定する。できていなければ条件を変えて再挑戦します。
この装置は17日間、連続して動きました。1日あたり約21回の実験を実行し、57のターゲットのうち36の化合物を作っています。人の介在なしに、計算から判定までが一つのループとして閉じていました。
論文は、失敗した合成の分析にも価値があると述べています。うまくいかなかった記録は通常ほとんど論文にならず、蓄積されません。自動で実験を回せば、失敗も含めてすべてが記録として残ります。
100万通りを、10回の実験で
自律実験の価値は、速く実験することだけにあるのではありません。実験をせずに済ませることにもあります。
国内の化学メーカーが公表している例があります。耐熱性ポリマーの開発で、13種類のモノマーの組成比を最適化する必要がありました。組み合わせはおよそ100万通りに及びます。すべてを試すことは不可能です。同社はベイズ最適化を使い、有望な候補を絞ってから合成・評価するサイクルを回しました。結果、4サイクル目で目標の特性を持つ共重合体に到達しています。実際に行った実験は10件から20件程度でした。
物質・材料研究機構(NIMS)の電解質探索も同様です。16種類の添加剤から5つを混ぜて電解質を作り、放電時間が最大になる組み合わせを探しました。並列実験数を32に設定し、ランダムな実験を1回行った後、ベイズ最適化とロボット実験の連携を11サイクル実施しています。合計384個を合成・評価し、ベイズ最適化の6サイクル目で最良の組み合わせを見つけました。この間、人の介入は途中で溶液を補充した1回のみです。
網羅的に試すのではなく、次に試すべき一点を選ぶ。この違いが、探索の規模を実行可能な範囲まで縮めています。
動き出した理由は、判断の側にある
ロボットが粉を秤量すること自体は、以前からできていました。変わったのは実行の側ではなく、判断の側です。三つの技術がそれぞれ進み、候補を選ぶ、作り方を決める、次を決める、という判断が機械に載るようになりました。
実験を選ぶアルゴリズムが実用段階に入った
ベイズ最適化が代表です。中核にあるのはガウス過程回帰という手法で、これは予測値だけでなく、その予測がどれだけ不確かかを同時に見積もれます。
予測値が高い条件だけを追うと、まだ調べていない領域を見落とします。獲得関数と呼ばれる指標が、有望な領域を掘り下げることと、未知の領域を試すことのバランスを取り、次に評価すべき一点を選びます。実験してデータが増えるたびにモデルを更新し、また次の一点を選びます。
手法そのものは以前からありましたが、材料開発の現場で使えるようになったのはここ数年です。オープンソースのライブラリが整い、コードを書かずに使える環境も出てきました。NIMSが2023年に公開した自律実験用ソフトウェアNIMS-OSにも、ベイズ最適化を含む3種類の探索アルゴリズムが標準で搭載されています。
研究者が自分でアルゴリズムを実装しなくてよくなったことが、普及の条件でした。近年は大規模言語モデルの進化がこれをさらに押し下げています。やりたいことを言葉で書けばコードが返ってくるため、プログラミングを専門としない研究者でも解析や制御のスクリプトを用意できるようになりました。
論文の読み込みが、人手から機械に移った
材料の合成には、これを作りたいならこうすればよい、という道筋が理論から立つ場合もあれば、立たない場合もあります。網羅的な理論が確立していない領域は広く、そこでは過去の実績を当たることになります。その実績は論文の文章の中に散らばっています。
研究者はこれまで、必要な論文を自分で読み、手順を書き出してきました。読める本数には限りがあるため、参照できるのは自分の専門領域の周辺にとどまります。
ここに自然言語処理が入りました。バークレー校のCeder研究室は、固相合成について書かれた論文の記述を機械的に読み取り、構造化されたデータに変換する仕組みを作っています。2019年に公開されたデータセットは、53,538の合成パラグラフから19,488件のレシピを抽出したものでした。目的物質、出発原料、操作とその条件、反応式が、機械が読める形で並んでいます。その後データは拡張され、公開されている固相反応は3万件を超えます。
A-Labが合成手順を立てられたのは、この蓄積があったからです。人手では追いきれない量の文献を、まとめて参照できるようになりました。
抽出の精度には課題も残ります。このデータセット構築に関わった研究者自身が2024年、機械学習で合成を予測する試みを振り返り、期待が先行した時期があったと述べています。ただし手法自体は進んでおり、2025年には大規模言語モデルを使って不純物相の情報まで含めたデータセットが公開されました。収録される反応は8万件を超えています。
計算で安定な候補を大量に出せるようになった
Google DeepMindのGNoMEは、2023年11月に220万件の新しい結晶構造を予測し、うち約38万件が安定であると報告しました。
これを可能にしたのはグラフニューラルネットワークです。結晶は原子とその結合の集まりであり、グラフとして表現するのに適しています。この形式で学習させることで、構造や組成から安定性を予測できるようになりました。
予測の当たり外れは、第一原理計算で確かめられます。ただしこの計算は精度が高い代わりに重く、大量の候補すべてにかけることはできません。確かめる対象を絞る必要があります。
そこで能動学習という仕組みが使われました。まず候補となる構造を大量に生成し、ニューラルネットワークで安定そうなものをふるい分ける。残ったものだけに第一原理計算をかける。その計算結果を学習データに戻し、次の回はより精度の高いモデルで選別する。これを繰り返します。
安価な予測で対象を絞り、重い計算を当てる先を限定する。回を重ねるほどモデルが賢くなり、絞り込みの精度も上がります。この組み合わせによって、DeepMindは発見率を10%未満から80%超まで引き上げたとしています。
計算で候補を挙げ、実験で確かめるという進め方自体は以前からあります。変わったのは規模です。研究者が経験から絞り込んだ数件を試すのではなく、数十万件の候補群から選ぶことになりました。A-Labが合成の標的を選ぶ際にDeepMindの計算結果を使えたのは、この規模の候補が公開されていたためです。
日本の研究機関でも動いている
NIMSが2023年に公開したNIMS-OSは、ロボット実験装置と材料探索用AIをそれぞれモジュールとして扱う設計になっています。任意の組み合わせで自律探索を実施でき、独自のアルゴリズムを実装することもできます。前述の電解質探索は、このソフトウェアで同機構の電気化学自動実験ロボットNAREEを制御した実証です。
東京大学と東京科学大学のグループは2025年、機械学習とロボットを組み合わせた自動・自律実験システムを構築しました。各種の実験装置を相互接続し、物質の合成と特性評価を全自動で行います。XRDの測定結果を自動解析するプログラムを開発し、原料と組成と結晶構造を指定すれば自動的にその物質を合成する基礎技術を確立したとしています。電池材料であるLiCoO2について、薄膜の合成条件を自律的に最適化することに成功しました。日本電子、堀場製作所、リガク、島津製作所、デンソーウェーブなど国内の装置メーカー各社が参画している点も、この取り組みの特徴です。
いずれも液体や薄膜を扱う系であり、判定が比較的しやすい領域から実装が進んでいます。
どこまで任せられるかは、分野で違う
創薬・ライフサイエンス分野のラボ自動化は数十年前から実用化され、事業としても成立しています。液体分注ロボットもハイスループットスクリーニングも、すでに日常の道具です。材料分野との差はどこにあるのでしょうか。
創薬では、開発の初期に評価項目と判定の基準を定めます。何を測り、どの値をもって次へ進むかが先に決まっており、以降はその計画に沿って試験を繰り返していきます。基準が動かないため、判定を機械に任せる設計がしやすくなります。
材料では、評価項目が探索の途中で変わることがあります。狙った物質ができていなければ、何ができたのかをまず調べることになり、見るべき項目も変わります。組成が想定とずれていれば別の測定が要りますし、混合物であればその内訳を確かめる必要があります。判定の基準を事前に固定しておくことが難しいのです。
標準化の差も効いています。創薬にはマイクロプレートという世界標準があります。ANSI/SLAS規格はフットプリント127.76mm×85.48mmという寸法を定めており、これによって異なるメーカーの分注機、ロボットアーム、インキュベータ、測定器を組み合わせられます。無機材料には、これに相当する標準容器がありません。装置をつなぐたびに個別の作り込みが要ります。
数字は訂正された
A-Labの成果は、2026年2月に著者訂正が出ています。
XRDだけでは存在を確定できない4つのターゲット材料を成功数から除外し、学習データに誤って含まれていた1化合物を議論から削除しました。当初「58ターゲット中41化合物」とされていた数値は、「57ターゲット中36化合物」に修正されています。
この訂正には、自律実験の現在地を測るうえで重要な情報が含まれています。
実験の最中、装置はこの4件を成功として処理していました。XRDのパターンから狙った化合物ができたと判定し、ループを止めずに次へ進んでいます。判定が誤っていたというより、そのパターンだけでは確定できないという状態を、装置が確定できないものとして扱えなかったということです。
確定できないという判断が下されたのは、論文公表後でした。外部の研究者が回折パターンを検証し、著者が再検討し、2年以上を経て訂正に至っています。本来ならループの中で保留と判断されるべきものが、人による事後の検証という形で外から適用されたことになります。
なお、GNoMEについても2024年に検証論文が出ており、予測された構造の多くが既知構造の元素置換にとどまるという指摘があります。2026年1月時点で撤回や訂正を求める声が出ていると報じられていますが、現時点で確定していません。
今どこまで来たのか
実証されているのは、AIとロボットを組み合わせて、条件を提案し、実行し、結果を次に反映させる流れが実際に動くという点です。A-Labが17日間止めずに回した事実は変わっていません。ベイズ最適化によって探索の規模が実行可能な範囲まで縮むことも、複数の事例で確認されています。GNoMEが大量の候補構造を計算で生成できることも変わっていません。
自動化の到達点は工程ごとにまだらです。判定についていえば、57件のうち36件は問題なく確定できていました。訂正で除外されたのは4件です。判定が全面的にできないのではなく、確定できる場合とできない場合があり、その切り分けがまだ自動化されていません。
判定できない状態を検知して止まる仕組みがあれば、装置は人に判断を求めることができます。それができれば、任せられる範囲はもう一段広がります。
材料開発にAIとロボットを持ち込む取り組みは、今後も広がっていきます。その進み具合を測るときは、作れた数だけでなく、確定できなかったものがどう扱われたかまで見ておきたいところです。