はじめに

材料開発にAIを、という期待が、かつてない高さに達しています。物性の予測、膨大な候補からの絞り込み、実験の高速化、そして人が思いつかない組み合わせの発見。データ駆動型のアプローチは、勘と経験に頼ってきた素材づくりを、根本から変えようとしています。

けれども一方で、開発の現場に目を向けると、少し違う風景が見えてきます。――予測モデルは作ったが、次に何を実験すればいいのか結局わからない。――AIが出した候補を試したら、そもそも合成できなかった。――良い材料は見つかったが、量産ラインで同じ品質が出ない。導入したはずの手法が、成果の一歩手前で止まっているのです。

ここで立ち止まって考えたいことがあります。マテリアルズインフォマティクス(MI)とは、AIで物性を予測することそのものではありません。予測し、試し、その結果からまた学び直す――その循環を回し続ける仕組みであること。それが、データ駆動型材料開発の本質です。

本記事では、MIとプロセスインフォマティクス(PI)を支える技術を、中核から周辺まで整理し、なぜ「予測して終わり」では新素材が生まれないのか、そして現場でどこから取り組んでいけばよいのかを紹介します。

第1章 なぜ、材料開発の知見は“人に貼りつく”のか

データ駆動を阻む壁は、アルゴリズムの外側にあります。多くは、研究開発という営みの構造そのものに根ざしています。ここでは三つに整理します。

① 属人化する「勘・コツ・経験」

「この合成はあの人にしかできない」という話は、素材メーカーの現場でよく耳にします。しかし冷静に考えると、これは特定の個人にノウハウが蓄積されている強さであると同時に、その知見が組織のデータとして残っていないことの裏返しでもあります。ベテランが退けば、条件出しは振り出しに戻る。再現の根拠が人の記憶の中にしかないからです。

② 試行錯誤の組み合わせ爆発

合金の組成、添加剤の配合、温度、時間、混ぜ方――材料開発で検討すべきパラメータは多岐にわたり、すべての組み合わせを試すことは現実的ではありません。従来はこの広大な空間を、研究者が経験で絞り込み、一つずつ実験で確かめてきました。一材料の開発に十年以上を要することも珍しくない、という時間軸は、この構造から生まれています。

③ 「何を作るか」と「どう作るか」の分断

そしてもう一つ、見過ごされがちな断絶があります。良い材料の組成・構造を探すMIと、それを安定して製造する条件を探すPIとが、別々の部署・別々のデータで動いていることです。MIで見つけた新材料も、その「料理方法」であるプロセス次第で最終性能は大きく変わります。探索と製造がつながっていなければ、優れた候補もラボの外に出られません。

第2章 予測モデルを“作るだけ”では足りない理由

では、とにかく高精度な予測モデルを作ればよいのかというと、話はそう単純ではありません。

材料分野のデータは、本質的に少ないのです。実験には時間もコストもかかり、数百件のデータで予測モデルを組むことも珍しくありません。少ないデータで作ったモデルは、学習した範囲の外に出たとたん、平気で予測を外します。新素材の探索とは、まさにその「範囲の外」を狙う営みですから、一度きりの予測に賭けるのは分が悪い。

だからこそ、モデルの予測を実験で確かめ、その結果を学習に戻してモデルを賢くする――この往復が要になります。予測の不確実性が高い点をあえて実験して情報を稼ぐ、という考え方(能動学習)も、この往復を前提にしています。「とりあえずAIに学習させれば良い結果が出るはず」という期待は、この往復を省いた瞬間に崩れてしまうのです。

重要なのは、予測モデルを作ること自体ではなく、「予測と実験を回し続ける」仕組みを持つことなのです。

「予測して終わり」の直線型と、「予測・実験・学習」を回す循環型の対比
図1 「予測して終わり」の直線型と、「予測・実験・学習」を回す循環型の対比

第3章 データ駆動型材料開発の核心 ―― クローズドループとは

ここで注目したいのが、「クローズドループ(閉ループ)」という考え方です。

一般には、設計(Design)・合成(Make)・評価(Test)・解析(Analyze)というサイクルを高速で回す枠組みを指します。AIが「次に試すと最も価値が高い候補」を提案し、実験や計算で検証し、その結果を再学習してモデルを更新する。ただし、ここでいうクローズドループは、単なる作業の自動化ではありません。「答えを一発で当てる」ためのものでもない。むしろ、限られた実験回数の中で、次にどこを調べるべきかを賢く選び続けるための仕組みです。完成した地図というより、霧の中で次の一歩を照らす羅針盤と考えた方が近いでしょう。

このループは、三つの動きが噛み合って初めて回ります。材料やプロセスの条件から性能を予測する。有望な候補を実際に試す。得られた結果からモデルが学ぶ。この「予測する・試す・学ぶ」が一巡するたびに、探索の精度は上がり、次の一手はより鋭くなります。

ここで見落としてはならないのは、このループの価値が「速く回すこと」だけにあるのではない、という点です。回すたびにデータが増え、そのデータが次の予測を支える。つまりループは、材料を探す装置であると同時に、将来の探索を支えるデータを育てる装置でもあるのです。一度きりの成果より、回し続けることで積み上がる資産に本当の意味があります。

クローズドループを構成する三要素「予測する・試す・学ぶ」
図2 クローズドループを構成する三要素「予測する・試す・学ぶ」

第4章 ループを回すために求められる要件

では、この閉ループは、具体的にどのような要件を満たす必要があるのでしょうか。中核と周辺の技術を、要件の形で五つに整理します。

① 材料とプロセスを数値化できること

AIは分子や結晶やプロセス条件を、そのままでは読めません。数値ベクトルに変換する必要があります。この変換の質が、モデルの性能を大きく左右します。

② 予測に「確からしさ」を添えられること

次にどこを調べるべきかを選ぶには、予測値だけでなく、その予測がどれくらい不確かかを知る必要があります。ガウス過程回帰のように、予測値と同時に不確実性を出せる手法が、少データの探索で重宝されます。

③ 次の一手を選べること

予測と不確実性をもとに「次に試すと最も価値が高い点」を選ぶのが、ベイズ最適化です。少ない実験回数で最適条件に近づく逐次最適化の手法で、性能とコストを同時に最適化する多目的版や、条件が多い高次元問題への拡張も進んでいます。能動学習も、この「次の一手」を選ぶ考え方の仲間です。

④ 検証を速くできること

ループの回転数は、検証の速さで決まります。第一原理計算(DFT)は高精度ですが、系が複雑になると計算コストが跳ね上がります。近年はこれを深層学習で高速に代替する機械学習原子間ポテンシャル(MLIP)が実用化し、従来数時間から数か月かかった計算を桁違いに短縮しつつあります。実験そのものを自動化する自律実験も、この要件を満たす道です。

⑤ 結果を蓄積・再利用できること

回すたびに生まれるデータを、後から使える形で貯め、次の探索に再利用できること。これがなければ、ループは回っても資産が積み上がりません。

これらの要件を支える共通言語:記述子(特徴量)

五つの要件のうち、すべての起点になるのが①の数値化です。この、材料をAIが読める形に翻訳する技術を記述子(特徴量)と呼びます。「良い記述子は良いモデルより効く」と言われるほど、ここがデータサイエンスの心臓部です。

記述子は、対象に応じて層をなしています。組成そのものを扱う組成の記述子は、構成元素の電気陰性度やイオン化ポテンシャル、原子半径といった性質から特徴量を作ります。分子や結晶の形を扱う構造の記述子は、部分構造の有無を指紋のように符号化するフィンガープリント(ECFPやMACCS)や、結晶を原子=点・結合=線のグラフとして扱うグラフ表現がこれにあたります。そして、温度・時間・雰囲気などの製造条件を数値化するプロセスの記述子が、PIの側からループを支えます。組成・構造・プロセスの三層がそろって初めて、「何を作るか」と「どう作るか」が同じテーブルに載るのです。

つまり記述子は、それ自体が主役というより、材料とAIをつなぐ記述方法、共通言語、接続のルールとして機能するものです。派手さはありませんが、ここが弱いと、その先の予測も探索も足元から崩れます。

材料とAIをつなぐ記述子の三層(組成・構造・プロセス)
図3 材料とAIをつなぐ記述子の三層(組成・構造・プロセス)
種類 対象 代表的な手法・ツール 特徴
組成記述子 元素組成 元素物性の統計量(Magpie 等) 構造が未知でも作れる
分子フィンガープリント 有機・低分子 ECFP/Morgan、MACCS(RDKit) 部分構造の有無をビット列で表現
物理化学記述子 分子 Mordred(1800種超)、RDKit(約200種) 分子量・logP・極性表面積など
構造グラフ表現 結晶・分子 GNN(CGCNN、MEGNet、ALIGNN) 構造を直接学習、対称性を考慮
学習型記述子 原子環境 PFP descriptors(Matlantis)等 原子ごとのベクトルで解釈性が高い
表1 主な記述子・関連技術とその特徴

第5章 クローズドループ×自律実験で変わる材料開発

ループの真価は、実験の自動化と組み合わせることでさらに明確になります。

産業技術総合研究所(産総研)のマルチマテリアル研究部門では、ロボットとAIを活用したラボラトリーオートメーションにより、従来1000℃以上の焼成が必要だったセラミックスを100℃以下で製造することに成功し、人が1か月以上を要する合成・製造の実験を、ロボットで1日に短縮しています。食品加工業界で培われた協働ロボットの技術を、研究現場に持ち込んだ産学連携の成果です。東京大学を中心とするデジタルラボラトリー研究会には、材料・分析機器メーカーなど民間四十社以上が参加し、本郷キャンパスに協働ラボを設けて、セラミックス材料の自動・自律合成に取り組んでいます。こうした流れは、政府のマテリアル革新力強化戦略にも「スマートラボラトリ化」として明記されました。

この仕組みで注目すべきは、自律実験が単なる省力化にとどまらない点です。――どの前駆体を、どの比率で、何度で、何分焼成し、どの順に混ぜたか。人手では記録から漏れがちなこうした条件が、装置の動作としてそのままデータに残ります。自律実験システムは、材料を合成する装置であると同時に、後から使える良質なデータを生み出す装置でもあるのです。ここで生まれたデータが次の予測を支え、ループがさらに速く、正確に回っていきます。

海外に目を向ければ、ローレンス・バークレー国立研究所の自律実験室「A-Lab」が、計算による候補選定・文献からの合成レシピ抽出・ロボット合成・X線回折による相同定・能動学習を一気通貫でつなぎ、十七日間の運転で数十件の新規化合物を合成したと報告し、大きな注目を集めました。もっとも、この報告はその後、化合物数の下方修正や新規性を疑う再解析が公表され、論争の的にもなっています。皮肉にも、この経緯自体が「発見の数」だけを追うことの危うさを示しており、後述する「回し続ける仕組み」の重要性を裏づけているとも言えます。国内でも、旭化成がMIを触媒やポリマーの開発に活用し、低燃費タイヤ用の新規ポリマー材料では従来数年を要した開発を半年程度に短縮した例や、昭和電工や産総研らがNEDOのプロジェクトで、フレキシブル透明フィルムの開発に要する実験回数を二十五分の一以下に減らした例が知られています。

もちろん、すべてを一足飛びに自律化する必要はありません。ループのどの部分から手をつけるかは、扱う材料やプロセス、手元にあるデータの状態によって変わります。

予測・自律合成・計測・学習をつなぐシステム構成
図4 予測・自律合成・計測・学習をつなぐシステム構成

第6章 データ駆動を“資産”にするために今できること

「重要性はわかるが、何から始めればよいのか」――これが、現場で最もよく聞かれる問いです。いきなり最終形の自律実験室を目指す必要はありません。取り組みは、段階を追って育てていくものです。ここでは五つのレベルで整理します。

レベル1:データを揃える

まずは実験データを、後から使える形で残すことから始めます。サンプルの並べ方も単位の書き方もばらばら、では機械が読めません。項目とフォーマットを決め、条件と結果を対にして記録する。これがすべての土台です。

レベル2:予測モデルを一つ回す

記述子を作り、手元のデータで予測モデルを一つ組んでみます。精度が低くても構いません。何が効いていて何が足りないかが見えるだけで、次の実験の狙いが定まります。

レベル3:次の実験をAIに選ばせる

ベイズ最適化や能動学習を導入し、「次に試すべき条件」をモデルに提案させます。ここで初めて、予測が実験計画に直結し、試行回数が目に見えて減り始めます。

レベル4:検証を速める

計算(MLIPやDFT)や自動実験と連携させ、検証の回転数を上げます。予測と検証の往復が速まるほど、ループ全体の学習が加速します。

レベル5:探索と製造をつなぐ

MI(何を作るか)とPI(どう作るか)を同じループに載せ、材料探索から製造条件の最適化までを自律的に回します。デジタルツイン上でプロセス条件を大量に試し、最適点を絞り込むアプローチも、ここで効いてきます。

レベル1から始めて、段階的に対象と自動化の範囲を広げていくアプローチが現実的です。データ基盤は、完成したら終わりの箱ではなく、回すたびに価値が増していく、育てていく基盤だと捉えるのがよいでしょう。なお、計測データを機器に依存しない形で記述・共有するための標準化も国内外で進んでおり、組織を越えたデータ再利用の基盤づくりが視野に入りつつあります。

データ駆動型材料開発の五段階ロードマップ
図5 データ駆動型材料開発の五段階ロードマップ

おわりに

これからますます重要になるのは、一発で当たる予測モデルを持つことではなく、予測と実験を回し続ける仕組みを持つことです。個々のアルゴリズム――ベイズ最適化も、生成AIも、機械学習ポテンシャルも――は日進月歩で強くなっています。しかし、それらは閉ループの中で初めて力を発揮します。

逆に言えば、土台になるデータと記述子が弱ければ、どれだけ高度な生成AIで新材料を「発見」しても、そもそも作れない候補ばかりが積み上がり、成果に結びつきません。派手な発見数の裏で、実際に合成・検証できた材料はごく一部、という現実が、そのことを物語っています。

記述子やデータ基盤は、これからの材料開発の「裏方」ではなく、AIと研究者をつなぎ、探索と製造を一つの流れに束ねる中心的な基盤になっていくはずです。良い材料を生むのは、賢い予測ではなく、賢く回り続けるループなのです。