
左から:産総研人間工学領域長 田中、AISol代表取締役社長 逢󠄀坂、Visual Bankグループ・同グループ株式会社アマナイメージズ代表取締役 望月氏、Visual Bank テックリード赤松氏
Visual Bank × AIST Solutions 対談の背景 共同研究契約締結について
「権利リスクを最小化した国産画像生成AIモデル」とは、産総研が有する、実画像の代わりに数式から生成した図形を学習データとして使用する「数式駆動教師あり学習」と、Visual Bankのグループ会社であるアマナイメージズが管理する「権利関係が明確で倫理的な問題を含まないQlean Dataset(キュリンデータセット)の実画像データ」を掛け合わせた独自の画像生成AIモデルです。AI分野において昨今問題視されている権利侵害の懸念がなく、安心して商用利用できます。本研究は、数式駆動教師あり学習をベースとした画像生成AIモデルの構築を目指し、視覚・言語モデルの構築に取り組みます。その成果により、各産業界におけるAIの利活用が促進されることが期待されます。
こちらの記事では、AISol代表取締役社長 逢󠄀坂清治と産総研において研究者を率いる情報・人間工学領域長 田中良夫が、Visual Bankグループの望月逸平氏(同グループ 株式会社アマナイメージズ代表取締役)、Visual Bankのテックリード赤松昇馬氏とともに、本研究開始の経緯や「権利リスクを最小化した国産画像生成AIモデル」開発の意義について語り合いました。
【前編】
共通するのは「黒子」としての想い。
日本発の画像生成AIモデルを目指す共同研究
技術とデータで創造の現場を支援する。“黒子”としての両者の挑戦
―はじめに、産総研グループにおけるAISolの役割についてお教えいただけますでしょうか。
逢坂
経済産業省の傘下にある産総研は、国内最大級の公的研究機関として「社会課題解決と産業競争力強化」をミッションに掲げています。日本産業界のオープンイノベーションエコシステムを推進すべく、2023年4月にグループ会社としてAISolを設立しました。
AISolでは、積極的なマーケティング活動と産総研が保有する技術資産と研究資源を融合し企業に提供することで、オープンイノベーションを加速して新規事業創出を行う役割を持っています。
約30年前の日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われ、日本の民間企業が様々な技術力で世界を驚かせました。しかしその後、バブルが崩壊して産業構造のオープン化が進む潮流の中で日本の国際競争力が低下し「失われた30年」が始まりました。ただ、私は日本の技術力に関しては「失われた30年」だとは決して考えていません。例えば、今でも世界で使われているスマートフォン向けのリチウムイオン電池やCMOSセンサー、有機ELディスプレイ、セラミックコンデンサなどの多くの要素技術は日本発だからです。
個々の技術の「Time to Market」で勝っても、それらを新たな市場ニーズにマッチさせる「Time to Design」、本格需要を見据えた先行投資を行う「Time to Scale」に課題があると考えています。日本が世界に誇る技術力に、適切なマーケティング能力が備われば、日本の “逆襲” が始まるのではないでしょうか。
望月氏
AISolの活動は、我々Visual Bankの経営理念とも重なるところがあると感じました。
私たちは2022年の創業と同時に、国内最大級のストックフォトエージェンシーである株式会社アマナイメージズを買収することによってスタートした会社です。ビジュアルを中心としたデータを権利者から預かり、利用したい人に届けるという権利流通を担うデータライブラリを運営しています。AISolが技術力を提供し企業のイノベーションを支援するように、私たちもデータを現場に提供することでイノベーションの創出を支援したいと考え、事業活動を行っています。「創造性の黒子」という経営理念は、そんな考え方から言語化されたものです。
逢坂
”黒子”という存在は、新しいデザインを起こすためには非常に重要ですよね。
望月氏
あらゆる産業に良質なデータを届けることで、AIの開発を含む新たなイノベーションやクリエイティブ創出の起点となる役割を担いたいと日頃から考えているので、逢󠄀坂さんが描かれている構想にとても共感します。
産総研とAISolによる社会実装のパートナーとしてVisual Bankを選んでいただいたことは光栄です。データ、技術、マーケティングの組み合わせで、日本の産業に貢献していきたいですね。
日本発の画像生成AIモデルを実現する、唯一無二のシナジー
―今回の共同研究は、産総研の構想から始まったと聞きました。
田中
2001年に設立された産総研では、設立前の電子技術総合研究所の時代からロボットの研究を行っていました。その中でコンピュータビジョンを担当していた研究者が、画像認識についても長年取り組んでいたのですが、2012年にディープラーニングによる画像認識手法が旧来型の手法に圧勝したことを契機に、取り巻く状況が大きく変わったんですね。そして2015年5月に人工知能研究センターが設立されました。
当センターで画像認識に取り組む研究者には大きく2つ問題意識がありまして、1つ目は、「ビッグテックが優勢な状況下で日本の研究機関としてどうすれば勝てるのか」という点。2つ目は、「権利リスクを最小化した安全な画像データをどのように用意するか」です。
そこで数年研究を続けたところ、 数式で画像を作ることができれば、権利侵害等の問題のない安全な教師データを用意できるということが分かりました
(参照:「大量の実画像データの収集が不要なAIを開発」)。
数式駆動教師あり学習による学習済みモデル(数式駆動モデル)とは
田中
数式駆動モデルは、民間企業とのビークルの自動走行における共同研究や医療画像の認識にも利用しています。その1つが膀胱癌の内視鏡診断です。膀胱癌は胃癌と比べると一桁症例数が少ないのですが、フラクタル幾何によって自動生成した画像を事前学習に役立てることができます。
赤松氏
画像認識AIとしての研究開発からはじまった後、画像生成AIモデルの研究開発につながっていくのですね。
田中
はい、今お話したのは画像認識の事例ですが、画像生成AIにおいては使用者が自由に出力できてしまうので、”学習させるデータが安全であること”の重要性がさらに増します。しかし現状は、完全に安全と言える生成AIモデルは限られています。権利リスクがある生成AIモデルだと事業に活用できないことが多いですが、「権利リスクを最小化した国産画像生成AIモデル」が実現できれば、安心して生成AIを事業に展開できます。
その実現のためにも、安全に使用可能な画像などのビジュアルデータをお持ちの企業を探していました。
望月氏
Visual Bankは権利許諾のノウハウや実績を持ち、ユーザーの方に安心・安全にデータを使っていただけるようなデータ提供を行ってきました。画像や動画に加えて、テキストや音声、3Dデータまで、あらゆるデータを取り扱っています。今回、弊社のデータと産総研の技術と掛け合わせることで、権利元が明確であり、権利リスクの心配を最小限にして利用ができる画像生成AIを開発できると確信しました。様々な協業の形態を模索するなかで、共同研究が最も最適なスキームであると考え、ご一緒することになりました。
田中
産総研としても理想的なシナジーだと考えています。この連携により、権利リスクを最小化した国産生成AI基盤モデルを目指せるのではないでしょうか。Visual Bankがお持ちの多量で、かつ権利関係において問題のない学習用データを提供いただけるということで驚きましたし、御社の本気度を感じました。この共同研究には、産総研からも優秀な研究員を参画させています。
撮影場所:WeWork日比谷パークフロント
profile

望月 逸平氏
Visual Bankグループ 株式会社アマナイメージズ 代表取締役
東京大学法学部卒業後、SMBC日興証券株式会社に入社。投資銀行部門にて6年間、伝統的産業から最先端のテクノロジー企業まで、幅広いジャンルのM&Aと資金調達案件に従事。 2022年8月、株式会社アマナイメージズに参画。以来、AI倫理対応・政策企画責任者、AI学習用ビジュアルデータセット開発サービス『Qlean Dataset (キュリンデータセット)』の事業推進、Visual Library事業の責任者を担当。2024年5月、株式会社アマナイメージズ代表取締役就任。令和6年、「コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブック(経済産業省)」の研究会委員参加。

赤松昇馬氏
Visual Bank株式会社 テックリード
国立研究開発法人産業技術総合研究所 協力研究員
東北大学工学部出身。2018年から量子スピントロニクス磁気センサーの材料研究を6年間行い、2023年にはマサチューセッツ工科大学(MIT)にて客員研究員として共同研究を行う。2024年に博士号(工学)を取得し、その後産業技術総合研究所にて磁気センサーの社会実装に向けた研究活動を行う。在学中には東北大学及びMITにて大学発スタートアップに参画し、機械学習や数理解析を用いた信号処理技術、センサー素子を基盤とした電気電子回路設計、3D-CADソフトウェアを用いた物理シミュレーション等、エンジニアとして幅広い技術領域を経験。 2024年、Visual Bank株式会社にAI開発エンジニアとして合流。

逢󠄀坂清治
株式会社AIST Solutions 代表取締役 社長
1982年にTDK株式会社入社後、ドイツ、ロシア、イタリアにて同社における記録メディア事業の海外販路の開拓、世界シェアの拡大に貢献。1999年同社経営企画担当、記録メディア事業売却、中国ATL社リチュウムイオン電池事業買収、アルプス社HDDヘッド事業買収、ラムダ社電源事業買収、独エプコス社電子部品事業買収、米クアルコム社とRF360JV設立などTDKの事業ポートフォリオ組み換えに成功。2017年からは取締役専務執行役員戦略本部長。2023年3月に同社退社後、同年4月より現職。

田中良夫
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 情報・人間工学領域長
慶應義塾大学で学位を取得後、技術研究組合を経て2000年に電子技術総合研究所に入所。改組により2001年から産業技術総合研究所でグリッドコンピューティングの研究に従事。世界中のスーパーコンピュータ、実験装置や研究データなどの相互利用に向け、海外機関と連携して標準セキュリティポリシーを策定。セキュリティの研究者ではないが、スーパーコンピュータの運用などを通じてセキュリティに関する知見を獲得した。セキュリティ・情報化推進部長を経て2023年より現職。
【後編】権利リスクを最小化した国産画像生成AIモデルから、日本独自のユースケースを創れるか?≫≫