※日立造船株式会社様は、2024年10月1日より社名を「カナデビア株式会社」と変更されました。記事はインタビュー当時の社名・部署名・役職にて掲載しております。
【お話を伺った方】
日立造船株式会社
脱炭素化事業本部 脱炭素化システムビジネスユニット PtG技術部
分離膜グループ長 岡田 正史 様
分離膜グループ 製造チームリーダー 矢野 和宏 様
開発本部 技術研究所 地球環境・エネルギー研究センター 化学グループ
主任研究員 今坂 怜史 様
主任研究員 来田 康司 様
産総研の先駆的な研究の成果を生かし、製品を開発。最速で実用化へこぎつけた
1881年に大阪鉄工所として創業した日立造船株式会社(以下、日立造船)。同社はかつての造船事業を経て、現在は主力であるごみ焼却発電プラントをはじめ、様々な事業を展開しています。その中で近年、社内外の期待が特に高まっているのが、脱炭素に貢献する事業です。この事業では、再生可能エネルギーから得た電力で水を電解して水素をつくる水素発生装置や、水素とCO2を反応させてメタンを生成するメタネーション装置、高効率に発電できる燃料電池の一種であるSOFC、脱水やCO2の分離・回収ができるゼオライト膜などを取り扱っています。
このCO2の分離ができるゼオライト膜について、日立造船は、国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」)との共同研究を2014年から2019年まで実施しました。その後、2024年の現在は、膜としてはすでに製品化し、膜分離システムとしては最終の実証実験の段階に達するなど、大きな成果を得ています。また、共同研究によって得られたのは新製品だけでなく、事業や人材にとっても大きなメリットがあったといいます。
Hitzゼオライト膜
その共同研究に関わった岡田正史氏、矢野和宏氏、今坂怜史氏、来田康司氏に、産総研との連携に至った理由や共同研究当時のエピソード、それによって得られた成果など、詳しいお話を伺いました。
日立造船の開発目標に産総研の研究が必要とされ、共同研究がスタート
矢野:そもそも日立造船がゼオライト膜による膜分離の研究に着手したのは、2005年のことでした。ゼオライトは、ケイ素、アルミニウム、酸素、金属カチオンから形成される規則的な骨格構造を持っており、その骨格構造の違いによって、世の中には250種類以上ものゼオライトが存在します。ゼオライト膜による膜分離は、その構造によってできる細孔よりも小さな分子のみ膜を通過するという分子ふるいの作用と、そのゼオライトに吸着されやすい分子が優先的に膜を通過するという優先吸着の作用によって行われます。そのため、ゼオライト膜の種類が異なれば、分離精製が可能な物質を変えることができます。
我々が2005年当時に取り組んだのは、水とエタノールを分離するゼオライト膜の研究でした。実際に製品もいくつか生まれましたが、それ以外にも炭化水素の精製や耐久性向上など、膜分離が適用できる物質や条件をさらに拡大したいと研究を続けていくなかで2012~13年頃から、現在我々がCO2の分離へ適用しているゼオライト膜の開発にも着手していきました。
産総研とは、我々がゼオライト膜についての技術研修を受けに行くという形で、2012年頃から関わりがありました。2014年から共同研究に至ったのは、CO2の分離に適用できるゼオライト膜を実用化レベルまで持っていけるだろうという見通しが立ったことがきっかけです。産総研には、そうしたゼオライト膜を先駆的に研究している方々がいらっしゃったため、理論などの基礎や構造に関する知見をお借りして、我々はそれを生かして工業化・製品化を目指そうということで連携が始まりました。
日立造船株式会社 矢野 和宏 様
今坂:ゼオライト膜は、アルミナ多孔質という基材から成る支持体の上に、ゼオライトの薄膜をコーティングして作製します。当時、その基材自体を生産できるのが我々だけだったということも、産総研との連携に至った大きな要因でしたね。
岡田:産総研の皆さんにも、「産総研の技術を世の中に出したい」という思いがあったようです。我々としても、産総研の方々を研究者として尊敬していましたので、「ぜひ!」ということで一緒にやらせていただきました。
ラボスケールの研究を産総研が、その工業化を日立造船がメインで担当
今坂:共同研究の大きな流れとしては、産総研が小さなスケールで基礎研究を行い、その成果をもとに日立造船がスケールアップし、工業化・製品化を目指していきました。スケールアップの段階では、ゼオライト膜の種となる結晶の提供や技術的なアドバイスなど、産総研に様々なサポートをしていただきましたね。
まず産総研の方で基礎研究として行っていただいたのは、外径2mm・長さ200mmのキャピラリー状の支持体に作製したゼオライト膜の性能評価です。ゼオライトの組成や合成の条件を変えながら、CO2の分離において設定した目標値をクリアする条件を一緒に探していきました。すでに産総研で蓄積されていた技術があったので、このスケールにおける研究の期間はかなり短かったと思います。結果的に100以上のパターンを試しましたが、もしそれを我々だけでやっていたら、とてつもない労力と時間がかかっていたと思いますね。
加えて、我々がもともと持っていたゼオライト膜は適用できる条件が比較的限られていましたが、産総研と開発したゼオライト膜は、CO2濃度が低い条件から高い条件までバランス良く使えるチャバサイト型のゼオライト膜です。今回、これを製品として持てたことは、事業にとっても大きなメリットだったと思います。
日立造船株式会社 今坂 怜史 様
来田:産総研には、スケールアップ前のデモ試験として、当社支持体のテストピース(外径16mm・長さ200mm)へのゼオライト膜合成法の開発も行っていただきました。その後、そのレシピをもとに、我々の方で長さ1000mmまでスケールアップを行いました。膜面積を大きくしたときに、1箇所でも欠陥が生まれてしまうと目指す分離性能が出ないので、そうした問題が生じた場合は逐次ご相談して、アドバイスをいただきながら、何とか歩留まり良く成膜できるようになりましたね。
その際にとてもありがたかったのが、種結晶の提供です。我々の研究スピードに合わせて、いろいろなサイズや粒度分布の種結晶を2週間に2~3ボトルほど、合計100種類以上送っていただきました。そのうちに、なんとなく法則性を見つけることができ、そこから最終的に「この結晶性・このサイズ・この粒度分布なら安定して成膜できる」という条件を見つけられました。ここでも、開発にかかる労力や時間がかなり省略できたと感じています。
今坂:開発は本当に早かったですね。共同研究が始まって2年目には、1000mmのゼオライト膜を1~2本は成膜できていましたし、学会発表もしていました。
それ以降は、製品の歩留まりを良くしていく工程に入りました。膜をコーティングした後に洗浄を行うのですが、たとえばその洗浄方法など、この工程でも産総研にはいろいろな知見をいただき、サポートしていただきましたね。
理論から教わり、研究人生における大きな刺激になった
矢野:共同研究では、頻繁にデータのやり取りをしながら、ディスカッションをしました。また、産総研におけるゼオライト膜の研究拠点である東北センターにもよく行かせていただき、研究が始まったばかりの頃は1~2カ月に1回ほど、その後も数カ月に1回は直接対面し、いろいろお話を伺って情報を持ち帰っていました。
取り扱いに届け出などが必要な硫化水素やブタンの異性体を扱う試験も、産総研の設備で請け負っていただくことができました。届け出をしようと思えばそれだけで時間がかかりますが、産総研はすでにそのための設備を持っているので、スムーズに進めることができました。
今坂:産総研の方々には、研究開発のサポートだけでなく、ゼオライト膜の分離メカニズムなどの理論も先生として教えていただきました。我々は企業なので、どうしてもアウトプットを優先して、その原理を置き去りにしてしまう部分があるのですが、そうした基礎に立ち返った部分からサポートしていただけたことで非常に刺激になりましたね。また、私はこの共同研究に基づいて博士号を取得したのですが、その際の論文も見ていただけて本当に助かりました。
来田:産総研の研究者の方々は引き出しが多く、ちょっとした雑談から派生して、面白そうな研究テーマの話になることもよくありました。その一つが、分子シミュレーションです。共同研究を始めてから早い段階で製品化の目処が立ったので、コンピュータの計算でいろいろな分子構造をシミュレーションしながら、どの構造にはどのような性能が期待できるのかを検討していきました。最初はとても難しくて全然わからなかったのですが、いろいろと教えていただきましたし、そのときに生まれた開発アイデアは今でも生きています。
日立造船株式会社 来田 康司 様
今坂:「分子シミュレーションが一区切りついたな」というタイミングが2019年。共同研究としてもキリが良いということで、メリハリをつけるためにも、そこで共同研究を終了することになりました。
ゼオライトの種結晶をつくるレシピや膜の作製方法もノウハウは産総研が持っていましたが、最終的には、それをまるごと日立造船に移管していただき、社内で原料から最終製品までを一貫してつくれるようになりました。また、共同研究の中で特許を共同で出願し、その権利も平等に所有していましたが、製品として出来上がりに近づくにつれて日立造船での特許の必要性が高まったため、産総研からその権利を買い取らせていただきました。こうした点も、事業にとって大きな貢献となりました。
岡田:現在、膜としては製品化していて、まさに主力製品になりつつあります。膜分離システムというプラントとしては実証実験で最終確認を行っているところで、今年度(2024年)内の製品化を目標としています。
日立造船株式会社 岡田 正史 様
来田:共同研究を通して、一人の研究人材としても成長できたように思います。共同研究の中では、ゼオライトの粒子の成長性や分散性などのいろいろな研究を通して、たくさんの要素技術を学びました。そうした技術は、ゼオライトに限らず他のテーマにも応用できます。私は現在、脱炭素系の触媒開発に取り組んでいるのですが、まさに当時の学びが役立っていますね。
今坂:私も、今ではゼオライトの知見がかなり深まり、世の中に出ているゼオライトのほとんどをつくれるようになっています。共同研究が始まった当初は教えてもらってばかりでしたが、今では人に教えられるほどの知見が身につきましたね。
産総研の基礎研究は、その目線の先にしっかりと実用がある
今坂:ゼオライト膜における共同研究が終了した後も、産総研とはいろいろなところで連携させてもらっています。やはり、脱炭素系の製品を開発していく以上は、基礎をしっかり研究している産総研とタッグを組んでやっていかなければ、良いものはつくれないということなのでしょう。その答えが、こうした共同研究につながっているのだと思いますね。
来田:そうですね。基礎研究と言いながらも、産総研はきちんとその先に実用を見据えていると感じます。一方で、企業にとって基礎の基礎をしっかり研究していくというのは、なかなかハードルが高いもの。そんな中で、産総研が先見の明をもって種をまいていると、企業としても一緒に取り組みやすいなと思います。
矢野:産総研の方々は、研究者としてはもちろん、人としても尊敬できる部分が大きいです。研究に情熱を持った方や、その中で培った技術を世の中で使ってもらいたいという思いを持った方が多くいると感じます。これからも機会があれば、そうした方々と社会に役立てるという共通の目標夢を持って一緒にやってみたいと考えています。
岡田:今後の連携においては、昨年(2023年)発足したAIST Solutionsにも期待しています。実は、ゼオライト膜の共同研究では、「産総研に問い合わせのあった企業をお客さんとして我々にご紹介いただく」ということも何回かあったんです。AIST Solutionsには、これからもそうした企業との橋渡しになっていただけたら嬉しいですね。